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戎光祥選書ソレイユ008 大政所と北政所――関白の母や妻の称号はなぜ二人の代名詞になったか

河内将芳/著
2022年3月中旬刊行
四六判/並製/202頁

「大閤様御先祖」に位置づけられようとした大政所、関白にならび国政レベルのことがらにも関与した北政所。
豊臣秀吉とその政権には両者をはじめ女性がかなりのウエートを占めており、それ以前、それ以後の政権との大きな違いである。
なぜそのような違いが生まれたのか?
そしてそれぞれ摂政・関白の母・正妻の称号である「大政所」「北政所」は、なぜ彼女たちの代名詞になったのか?
諸史料を精査し、大政所や北政所が母や妻という立場を超えて秀吉政権に重きをなした理由に迫る。

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  • 戎光祥選書ソレイユ008 大政所と北政所――関白の母や妻の称号はなぜ二人の代名詞になったか

  • ISBNコード

    978-4-86403-420-3

  • 販売価格

    1,800円(税抜) 1,980円(税込)

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  • 【目次】
    第一部 秀吉の母・大政所
     第一章 大政所の登場
      『関白任官記』が記す秀吉の出自/大政所の登場/大政所をとりまく人びと/大政所、人質として三河国へ出立/大和から高野山への初詣/天正十五年・十六年の正月も大和に逗留
     第二章 大政所の病
      大政所、病をわずらう/秀吉が立願した十三の寺社/勅使と秀吉文書の到来/大政所の病状と快復/「御寄進一万石」は寺社造営のため/取り扱いに苦慮する祇園社/祇園大塔の造営/早々請け取り、造営急々/請け取りに二の足をふむ寺社/「大政所吉例」にみる秀吉と寺社の関係/大村由己があらわした『大政所御煩平癒之記』

    第二部 「太閤様御先祖」と大政所
     第一章 大政所の死
      大政所位牌所と天瑞寺/大政所の娘・家康室の死/娘につづき愛息・羽柴秀長を亡くす/若公(つるまつ)の死/大政所、ふたたびわずらう/秀次の意向による「所々御立願」/大政所の死、盛大な葬礼/追善のため高野山に剃髪寺(青巌寺)を建立/三回忌におこなわれた東寺の塔供養
     第二章 太閤様御先祖と大政所
      大政所の孫たちの去就/太閤様御先祖の御弔い/にわかに決まった法事/国家の祈禱に相当する大政所の法事/新儀八宗による法事/大政所御父母の位置づけ/太閤様御先祖と秀吉・御拾/秀吉と大政所の関係

    第三部 秀吉の妻・北政所
     第一章 北政所と秀吉、そして婦人たち
      秀吉・おねゝ/秀吉と北政所につかえた東殿/関白へ御取り合う/「関白夫人の秘書」マグダレナとその娘/財産は婦人たちが管理/ながらくつかえた客人と東殿
     第二章 北政所と羽柴・豊臣家
      北政所を称するのはいつからか/異例ずくめの従一位豊臣吉子/あいまいな後嗣/若公誕生でも変わらぬ北政所の地位/若公御煩いと前田秀以の社参/八幡太郞殿と名づけられた若公/またまた若公御不例/若公御他界と秀吉の隠居/秀次に渡された「御家督」とは何か/北政所と若政所/秀吉から宛行われた北政所の知行/北政所・関白・太閤、それぞれの関係性/北政所が発給した黒印状/黒印状が発給されたのはいつからか/大政所が亡くなったころの動向

    第四部 関白不在のなかの北政所
     第一章 秀次の死
      大坂御袋誕生月/太閤若公誕生と秀吉の歓喜/「北政所殿御養子姫君」は誰か/聚楽第・大坂城・伏見城への御成・還御/秀吉との不和により秀次が死去/御家督と聚楽のゆくえ/関白不在のなかの北政所/秀吉の病と相続の準備/御拾の初上洛、初参内/秀頼の元服と上京御屋敷(京都新城)/聚楽から上京御屋敷(京都新城)へ/秀頼の中納言任官の意味/ふたたび秀吉の病
     第二章 秀吉の死とその後
      祈禱の甲斐なく秀吉死す/残された政権関係者/北政所の命で東寺講堂を建立/伏見雑説と北政所の仲裁/豊国社社参、大仏千僧会聴聞/大仏千僧会の変化/上京御屋敷(京都新城)への移徙/伏見城落城/大津城敵になる/「上京御屋敷」から内裏へ移動/「上京御屋敷」へ帰る/北政所から高台院へ

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